医師は職人 論

・・・なぜ,政府,自治体の行う医師確保策は次から次へと見事なまでに失敗を続けるのか?

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 医師は基本的に職人だと私は思うのです.このことを認識しないで議論をすると,まるで筋違いな「医師不足対策」が出てくるものです.また,そのような議論が最近本当に多すぎるように思います.特に,政府や厚生省,自治体の間に.

 職人というものは,顧客,広くは地域の人,国民,政府に支持されてはじめて成立する業種です.それらを敵に回して,というか,国民や地域に反しながらも,その様な逆境を打開するために自分の立場をわかりやすく説明したり,あるいは政治的に一歩一歩,足場を固めていって存立を計ると言うことは,大方の医師にとってやる必要を感じさせないものであるし,やっても不得手です.なぜなら職人は腕を磨くことに全力を挙げるものだからです.それが仕事ですし,職人の本能だと思います. だから医師会,なんてものもあるが,大方の医師は政治に無関心だし,医師会活動には不熱心です.その理由も「医師が職人である」と言うことを考えると,理解できると思います.

 その点から考えると,たとえば,道南の方で当直中に酒を飲んで,それをとがめられ辞職した医師がいたが,某情報筋に寄れば,かねてから自治体から良く思われていず,自治体がこの医師の失脚の機会をねらっていたとのこと.個人的に私はこのドクターは何も悪くはないと思います.当直中に酒を飲んではいけないというルールはありません.ただ,当たり前ですが,酒に飲まれてしまってはいけません.節度を持って飲むのなら,当直中に酒を飲んでも何も問題はないと私は思っています.(その内容はこのマンガで 下図をクリック).

 しかし,ごちゃごちゃ言われると,身を退いてしまうのも職人の本能です.言われたことに対して,きちんといろいろなことを言って自分の正当性を証明することだって出来たでしょうが,大方の職人はそんなコトしませんし,その様なことは苦手です.当直中に酒を飲んだと,そんなことでごちゃごちゃ言われるのは不本意だけれど,幸い,自分の腕を評価して雇ってくれるところもある.そしたら,それに対していちいち弁明などしない.さっさと辞めてどこかに行ってしまう.

 職人はただ去るのみなんです.今,話題になっている「立ち去り型サポタージュ」も職人の特質だと思います.

 現在の医療費抑制.そして,苛烈な裁判.結局,仔細はどうであれ,マスコミにミスリードされたとんでもない勘違いがあるにせよ,国民が医師や医療を支持していないと言うこと.その様な傾向が特に強い分野から,職人はさっさと立ち去ります.故に,心臓外科医,脳外科医,腹部外科医はメスを置き,産婦人科医は分娩を辞め,婦人科のクリニックを始めます.もちろん,若い人はそのようなものになろうとはしない.

 このことで若い医学徒を責めることは出来ないだろう.というのは,これらの科の技術をマスターするのは本当に他の科と比べても大変である.技術をマスターするのに他の科の何倍も苦労しなくてはならない.それでいて経済的に何も報われない.
 手術料自体が日本では滅茶苦茶に安いし,ご存知のように病院勤めをしても給料はどの科も同じである.更に,これらの科は救急患者も多く,他科に比べ働く時間が長い.そして,多くの場合,時間外手当など出ない.そして,極めつけはここまで無償労働を強いられた上に,何かあればすぐに訴訟,そして,現在,大方,医師側が敗訴する.考えてみるとこれほど,ばかばかしい話もあるまい.

 また、救急の仕事がきつく病院で中核的な仕事をしている内科は,その仕事のきつさ故にそのような「内科職人」を目指す人は減っている.
 そして,後進はその様な職人になろうとは,もうしません.かつて,大学の第1内科,第2内科,・・・には,内科各講座10人前後の新入医局員が入局していた.今は,1 - 2人です. もはや大学の関連病院など維持できっこない.

 今は,「皮膚科職人」「眼科職人」「精神科職人」が人気なようです.そして,人気のない分野の技術は廃れます.

 医師は職人です.職人というものは自分より技術のある人,あるいは,その技術を教えてくれる人,組織にしか頭を下げません.その様な特性があります.その昔,医学部の卒業生はほとんどが医局に入りました.教授,大学医局という集団が,自分より明らかに技量があり,自分たちに医療技術を伝授してくれるから頭を下げて入局したんです.言うなれば,卒業生は職人の本能に従って医局に入ったんです.

 集団催眠にかけられたようにみんな流されて入局したわけでもないし,その当時の学生がバカで状況が分からないから入局した訳でもない.その当時の学生であった我々は我々なりに必死に情報を集め,総合的に判断して入局したんです.もちろん,我々の代でも入局しない人もいた.彼らも同じように必死に考えて自分の進路を決めたんです.

 最近,なにやら,昔は皆,流されて母校の医局に入っただとか,情報がないので医局に入るという選択肢しかなかった,という意見がちらほら聞かれますので,「それはちがいますよ」ということを老婆心ながら述べておきます.

 また,医局に入ったあとだって,自分の将来,自分の技量の向上について,いつも考えているものです.医局にはいろいろな情報が先輩から後輩に流れている.あそこの病院の○○先生は大した技術もあるし,後輩の面倒見がよい,とか,一方で○○病院へ行っても症例がない,とか.あと研究はどうか,国内・国外留学はどうかなど様々なものがある.それは一つ一つが自分の技量とキャリアを上げるオプションな訳です.いいオプションを選んだら,僻地など条件の悪いところに半年,1年行って苦労してみる.それは辛いことであるが,また,肥やしになっていく.辛くても若さ故にいくらでもその中に楽しみを見い出すことができるものです.

 しかし,ただ,医局や教授の操り人形のように従順に従っているわけではない.年数が経つと技量も向上してくる.技術を持った職人ほど強いものはない.医局にいても先がないな,と思える時も来るものです.その時が医局からの巣立ちの時.その様な経過をたどっていく.一職人として主体性を持って医局に在籍して,かつ,退局していくものです.

 繰り返すようですが,「医師は職人」このことを踏まえて以下のニュースを考えていきましょう.

 

道職員で医師5人採用 来月議会に補正予算案道、確保策に2800万円(05/30)

 道は本年度に実施する医師確保対策をまとめた。
《1》道職員として医師五人を採用し医師不足の地方に派遣する
《2》地域に勤務医を派遣する民間病院に資金支援する
など五事業で、本年度の補正予算案に計約二千八百万円を計上、六月中旬開会予定の定例道議会に提出する。

 五事業はこのほか、団塊の世代を中心とした道外在住医師の移住促進事業、医学生を含めた道外現役医師の勧誘活動、臨床研修医の指導医の研修事業。

 医師を道職員として採用する事業では、五人程度を三年単位で雇用し、医師不足の市町村立病院や診療所に派遣する。道内での義務勤務(九年間)を終えた自治医科大卒者に道職員となるよう働きかけるほか、新聞や雑誌で全国に呼びかける。
 三年のうち、二年間は市町村立医療機関の勤務医として働き、一年間は道職員として都市部の病院で研修する。予算は給与を除いて約四百万円。
 また、市町村立病院、診療所に医師を派遣した民間病院に対し、医師一人当たり年約五百万円の資金支援をする。年二人程度を予定している。初年度予算は約七百万円。

 このほか、移住促進事業では、首都圏などでの説明会を開催、地域医療の現場視察も行う。勧誘活動では、道職員が医大や道内出身の医師らを訪問、ホームページなども活用する。
 指導医研修は、地域病院での臨床研修受け入れ増を目指し、指導医がプライマリ・ケア(初期診療)を教えられるように研修する。
 

 指導医がプライマリーケアを教えられるようにとか,つっこみどころ満載の記事であるが,今の場合,--《1》道職員として医師五人を採用し医師不足の地方に派遣する--- についてのみ考えてみたい.

 残念ながらこの話に乗って来る人は少ないだろう.医師は職人.職人は自分より技量のある人にのみ頭を下げる.3年を1単位として,1年を基幹病院で,そして2年は田舎の病院か診療所へ行け,と言う話であるが,このような話に乗っても技量が身につかない.

 このようなことは,実はもう実証済みなのである.また,これと似たシステムは昔にもあったのである.このようなシステムに乗って卒後教育?を受けた人を私は何人も見ている.

 ある辺鄙なところの病院に出張したときだ.当時私は8年目.

 その当時,北海道地域医療振興財団が医学部の卒業生を雇い入れ,2年間位,札幌市内の大きな病院でトレーニングしてから,その後数年間,田舎の診療所や病院に医師を派遣すると言うことをやっていた.さて,その病院にいた同僚のひとりは,そのプログラムを行ってきたが,やはり自分の医療の技術という面で不安を感じ,4 - 5年経ってから,大学の医局に入局し直した者が居た.

 その人の医療技術はどうだったのか.細かいところまで的確に申し述べることはできないが,何か危なっかしいところがあった.とにかく,医療に対する考え方が根本的に違うような気がした.現に,彼と同じ教室から派遣されていた2年目の新人医師の方がずっと使い物になっていた.このことは私だけが感じていたことではなく,その病院に勤めていた医師が全員同じように考えていた.だから,今の北海道の医師養成プログラム・・・医師の技量養成という面からも大いに問題がありそうだ.とは言っても,今は新しい臨床研修医制度が始まり,この人と同様の問題点を抱えている新人医師がかなり多いようなので,昔に比べ,あまり目立たないかも知れない(本当にこうだとすれば,全くのお笑いだが..).

 次に,暇人28号さんが紹介してくれた新聞記事について考えてみよう.

昨秋スタートの国立病院間の医師派遣、半年で打ち切りに

平成19年年05月31日 Asahi com.

 国立病院でも深刻化する医師不足に対処しようと、全国146病院を管轄する独立行政法人・国立病院機構が「緊急医師派遣制度」を昨秋導入したものの、半年で中止に追い込まれていたことがわかった。一方、31日に医師確保対策を決める政府・与党は、「即効性のある対策」として、国立病院の医師らを地方の病院に派遣する制度を打ち出す。同機構は「国立病院間でも難しかったことなのに」と困惑している。


政府与党の医師不足対策
 同機構は昨年9月、都市部などの国立病院から地方の国立病院に医師を派遣する制度を導入した。東北などの病院で、医療法で定められる標準医師数に届かずに、病院収入となる診療報酬をカットされかねない恐れが出てきたためだ。

 派遣元となったのは、東京医療センター(東京都)など29病院。派遣医師に1万円の日当を上乗せするなどした。
 だが病院側からは、「医師が担当する患者のケアが途切れる」「チーム医療が維持できなくなる」などと断るケースが続出。それでも、応じた病院から、米沢(山形県)、釜石(岩手県)、八戸(青森県)の3国立病院に派遣された。

 医師数は延べ108人に上った。派遣期間が数日〜2週間と短期にとどまったためだ。それでも派遣元からは「継続困難」との訴えが相次いだ。同機構は、今年3月末に制度自体を打ち切らざるをえなかった。
 政府・与党が描く確保対策は、都道府県の拠点病院が地域の自治体病院などに医師を派遣しても足りない場合に、国立病院機構などがプールした医師らを数カ月〜1年間派遣する。国立病院の医師らを登録して派遣医師をプールする計画。さらに定年退職して間もない医師らも公募して登録してもらう。

 さらに医師への動機付けとして、派遣終了後のポスト確保や留学・研修といった「特典」も検討している。自民党幹部は、6月中にも最初の医師派遣をさせたい考えを示しているが、機構は「国立病院同士の調整すら難しい」としており、必要な医師数を集められるかは不透明だ。

   政府与党の医師不足対策

 都心部の国立病院は医師がある程度潤沢で,僻地にある国立病院は医師がいなくてピーピー言っているから,都心の国立病院の医師を「かわりばんこ」に僻地に派遣するというアイデアであったが,医療関係者なら無理なアイデア.それが皆の予想通り,潰れたようだ. 

 まず,今や都心の国立病院でもそんなに医師が余っているわけではない.また,たまに田舎に行け,と言われる理由がまるでない.医師にしてみたら,その場所にある国立病院に勤務捨て居るのであって,田舎の方の国立病院なんてまるで関係のないものだ.また,医師は職人であるから,そのようなことを言えるのは,親方くらいである.国立病院機構などという文官どもが指図しても誰も聞かないだろう.

 また,はっきり言って田舎の方の国立病院の待遇がまるで分からない.というか,どうせ,医師がロクにいないにもかかわらず,例によって馬鹿みたいに24時間365日救急なんかをやっている.そんなところにいったら,自分の今までやっていたことが中断されるだけでなく,2 - 3日に一回当直をやらされ寝る暇もなく働かされ消耗させられるだけである.みんな分かっているのである.(結局は,都心の病院から地方の国立病院へ2-3日派遣するという,実働にならないアルバイトを回しただけであったが,それでさえ,機能しなかったわけだ)

 このアイデアも関係者にとっては斬新であったようだが,我々,医療関係者にとってはじめっから笑止千万のアイデア.

 しかし,最近,政府や地方自治体の出すアイデアもネタ切れの感が強い.結局,むかし売れなかったリバイバル・ソングをまた出しているようなものである.

 まあ,道庁にしても,国立病院機構にしても,かつて医局がやっていたように医師の人事を掌握して自在に医師を動かしたいという欲求が見え隠れしているが,医師は職人.医師が言うことを聞くのは自分より技術のある職人だけ.その原則を忘れてはいけない.たとえ,知事,総理であろうと,忠誠心なんか持たないし,言うことなんか聞かないだろう.そもそも職人とはそのような人種である.


まとめ

○医師は職人

○職人は,技術にのみ敬意を払う.故に,自分より技量のある人,集団にのみ忠誠心を持つ.そして自分の人事権をゆだねる.

○まちがっても,国立病院機構,道庁などに人事権を委ねることなど無い.故に,そのような発想で医師確保対策を練ってもダメである.

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